|
|
Shinsen-en Park 神泉苑 |
|ホーム|インデックス|掲示板|リンク|このサイトについて|参加のご案内|
神泉苑 所在地:京都府京都市中京区御池通神泉苑町東入ル
最寄の地図 Camera: 作成日: 最終更新日: 作成者: |
「風水から見た平安京」というテーマで、3箇所を紹介しています。 続けてご覧になると一層お楽しみいただけます。 龍口水:りゅうこうすい 雨を呼ぶ龍の伝説が残っている神泉苑。現在の「御池(おいけ)通り」の名前の由来の地でもあります。「大内裏:だいだいり」のすぐ南側に造られたこの地は、桓武天皇があししげく通った最もお気に入りの庭でもありました。
山脈からのエネルギー「気」は、平安京を目指して「龍穴:りゅうけつ」に向かいますが、この軸線に神泉苑が配置されています。風水から言えば、この地には必ず水があるといわれています。それを「龍口水:りゅうこうすい」と呼んでいます。真龍が動いている時は必ず水を飲む所が必要です。水を飲む所がなくなれば「龍脈」の山々は存在しても「気」はなくなってしまう。つまり龍は逃げてしまうのです。
ここが本当に、龍の「水飲み場」であるなら、雨乞いをしばしば行い、龍を呼んだという「陰陽師:おんみょうじ」もまた、風水の知識・技術を持っていたに違いありません。
余談ですが、何を隠そう僕はこの近所に住んでおり、今はありませんがこの苑内の幼稚園に通っていたのです。建築の勉強をするようになって凄い幼稚園に通っていたのだなぁと、改めて驚いています。神泉苑のパンフレットを見ると、平安京当時のこの地はもっと大きな庭園で、自宅が神泉苑の敷地内であったことが分かりました。だから住所が「池ノ内町」なわけね、納得。
新年を迎えるたびに、その恵みの方位に正面を正す「恵方社:えほうしゃ」。天体の運行によって定まる今年2000年の恵みの方角は「西南西」。 桓武天皇は死を前にした最晩年、神泉苑に何度も足を運んでいます。当時ここは満々と水をたたえた池やそれを取り囲む緑があって、人の手が加えられていませんでした。「自然と一体になって生きる」、それが風水の残した理想の生き方でした。大極殿のすぐそばにある手付かずの自然、そんな神泉苑に桓武天皇は風水の本当の理想を見出したのではないでしょうか。 平安京の誕生から1200年。人々の記憶には風水という言葉すら残っていません。しかしそのいわれさえ定かでない不思議な行事。謎に満ちた伝説が今も確かに京都の町に生きているのです。 「風水から見た平安京」というテーマで、3箇所を紹介しています。 |
(C) Copyright 1998 FORES MUNDI All Rights Reserved.