これまでこのサイトにたくさん近代の建物が紹介されてきましたが、こんなに大きな近代建築も珍しいと思います。近代建築の話をするときに真っ先に思いつくのは、左右対称や派手な装飾でいかめしい玄関口など、しかしこの建物は、ご覧の通り決して豪華絢爛とは言いがたく、至って地味な外装になっています。
明治維新から日本の建築は官の施設から始まり、その手本となる設計論をお雇い外国人から今の東京大学で学びます。その卒業生もまた東大で教鞭をふるうのですが、この建物の設計をした松井貴太郎(まつい
きたろう)が大学に入ったときにはすでに、建築界のドンとも言われた辰野金吾(たつの
きんご)が、ちょうど退官された時期と重なっており、辰野氏に全く教わっていない最初の東大生であるのです。
書籍を調べると松井貴太郎氏のこんな言葉が残っている。
日本にしばしば用いられる赤レンガと花崗岩のダンダラ積みのごときは、吾人はもっとも醜悪なものだと思考する。
鬼の居ぬ間の恐ろしい発言ですねー。
というわけで、松井貴太郎の作品には同年代の建築をきわめて批判的に見ていたことと、合理性を追求したものになってゆきます。それは様式的思考を否定したものではなく、「コセコセした」「浅薄なせせっこましい手法」を激しく否定するものであった。
さしずめ打倒、辰野金吾といった感じでしょうか。とても辰野氏を意識していますし、時には彼と同じ土俵で戦った作品(東京銀行集会所)もあるのです。
この建物が面白いのは、先ほどの松井貴太郎の時代背景だけでなく、内装にもあります。
今まで見てきた近代建築というのは、正面玄関をまっすぐ歩いた突き当たりに階段があるのが正統派。階段が主人公であると僕は表現してきました。しかし、この建物にはその場所にエレベータがあるのです。しかも現在のエレベータのようにブースが一直線に配置されているのではなく、円形のエレベータ・ホールにあわせて出入口も向きを合わせている。これって合理的か?まぁいいでしょう、単純に「かっこいい」という感想。
次に面白いのは、1階が吹抜のアーケードになってること。
そのアーチの要所に鳥が木の実か葉をくわえていた装飾がある。そこから天井に向かっての照明。上の画像は2階からアーケードを見たものです。なんかいい雰囲気でしょ。映画「世にも奇妙な物語」の1シーンにも使われていたような気がする。これが建物の端から端まで続いていて、その中央に先ほど紹介したエレベータ・ホールがあるんです。
外装。
先ほど説明したように、コテコテ装飾こそありませんが、古典様式は意識してある。三層構成を基本とし、要所に用いられる曲線。玄関口に見えている4本の突出した柱型はネオ・ゴシック。かといって中層階の窓のくり返しは、近代主義的。
どこまでも折衷なんですね。