野口孫市(のぐち まごいち)は、今の東京大学である帝国大学入学にあたって住友からの奨学金を貸与されていた為か、住友系の建築に携わる機会が多い。もともと彼は逓信省(ていしんしょう)に身を置くが、その上席技師に中京郵便局(京都郵便電信局)を設計したあの吉井茂則(よしい しげのり)がおり、野口氏が常にナンバー2でしかなかったことも住友に転任した理由でもあるのです。
さて、この建物と住友に何の関係があるのか。
この図書館は、住友家第15代当主、住友吉左衛門友純(すみとも よしざえもんともいと)の外遊から生まれる。
彼はシカゴ美術館が地元の富豪の寄付によって拡充されていることを知り、何か考えるものがあったのでしょう。一方日本では、明治32年に政府が日清戦争後の社会基盤整備の一環として公立図書館の充実を推進している最中であったこと。大阪府が府立図書館の設置するための予算が5万円にすぎないことを嘆いた友純は、建設費15万円と図書購入基金5万円の寄付を申し出たのです。
そこに野口孫市がちょうど欧米視察から帰国してきた時期とも重なって、この図書館が設立されたのでした。
この図書館の意匠はイタリアのVicenza(ヴィチェンツァ)にあるVilla La Rotonda(ヴィラ ロトンダ)に由来する。整備が始まったばかりの中之島にこの図書館がぽつねんと建つ事を想像すれば、極度に求心的で自立性の高い形態を求めることは察しがつきます。
【Villa Rotonda (Capra) Vicenza, Italy; 1567-70; 設計Andrea Palladio】
撮影:増田建築研究所/平松省二(補足)
「ヴィラ・ロトンダの空間構成を持ってきた」と簡単に言ったものの、野口孫市がよほど建築家Andrea Palladio(アンドレア パッラーディオ)の方法論(設計の意図)を知っていなければ出来なかったでしょうね。
館内はすべて中央階段での移動から始まります。画像の階段ホールを見上げると、画像右のようなドーム上になっている。2階からホールを見ていると、さながらどこかのRPGの背景にも使われそうな雰囲気。自然採光はこの天井からのみで開口部がなく、夏に見学に行ったので正直言って暑くて暗い。それは美術鑑賞モードに入る為の心の準備をする場所のようでもある。逆に図書閲覧室は明るく空調設備がある。
ヴィラ ロトンダを模倣した野口設計のこの図書館が、中之島でその求心性という効力を発揮しているかと考えると、もう無いでしょうね。図書館の正面には大阪市庁舎が大きく横たわり、裏には大阪市中央公会堂がある。建物周囲には樹木が生い茂り、何気なく散策して見つけられるような立地条件にはなっていません。
これくらい強烈な形態をした建物には、ある程度アプローチをとらないと効力を発揮しにくいのです。御堂筋から見えるくらいの距離をとってちょうど良いくらい。つまり僕に言わせりゃ大阪市庁舎が邪魔だ、となるのです。