タイムズは1つの建物になっているのですが、1期工事と2期工事に分けて建てられました。1期工事分は、目地(めじ)のないコンクリートブロックの部分で、奥に見える打放しコンクリートのすっきりした建物が2期工事分です。
プランを見てください。
左側にある正方形のところが2期工事分。もともと安藤忠雄(あんどう ただお)氏に依頼があったのは1期分だけなのですが、彼がその隣にある土地の設計までをして、2期分の地主を説得して造りかえさせてしまった
という話。これで、三条通りとその1本南側の京劇通り(正式には龍馬通り)が繋がったのです。この龍馬通りに面したタイムズの間口(まぐち)は、かなり狭い。
これでも納得が行かなかったのか、増床を試みる安藤氏。
安藤氏の講演会では3期に相当する場所も考えており、その場所が某居酒屋
とおっしゃっておられましたが、この画像でばれちゃいましたね。経済的な問題でタイムズ3期分のミッションは失敗に終わって現状に至るのです。
タイムズがこれだけ注目されたのは、この場所にしか建てられない建築を見事に設計していることかもしれません。土地の形状はご覧のようにとても複雑な上、東側に高瀬川が流れているのです。(プランの画像では建物の下方向です。)
高瀬川はその昔、江戸時代のごく初めのころに、角倉了以(すみのくら りょうい)が、東山方広寺大仏殿の再建に伴い資材を運ぶために開いた運河。荷物は船底の平らな高瀬船に乗せて綱を付け、川岸から何人かで引っ張って運んだという。このため、当時の高瀬川に架けられた橋は、下を人が通れるように少し高くなっていた。川沿いには、高瀬船をつないだり、渋滞を防ぐための船入りが何カ所か設けられた。
その名残が二条通を少し南に下ると川から西側に広いスペースをとった一之船入(いちの ふないり)。現在、俵をのせたかつての高瀬船が復元されて川に浮かんでおり、往時の面影をしのぶことができます。
この歴史ある運河沿いに接する建物の設計を依頼された安藤氏なら、必ずやこの川をどう利用するべきか?と、考えたことでしょう。過程はどうれあれ、結論として川のレベルギリギリまで床高を低くした時点で、安藤氏がこのスポットをどういう風に利用して欲しいかは、容易に察することが出来ますね。
広大な土地に、それが北海道にあろうが、沖縄にあろうがなんら不思議のない建物をポンと建ててしまう今の建築。
複雑な土地の形状、河川沿いという条件。これほどこの場所にしか建てられない建築を実現させたタイムズは、建築を学ぶ者にとって沢山のメッセージを語ってくれることでしょう。
さて、タイムズはテナントビルなのですが、客の入りはどうなんでしょうか。
残念ながら、暇そうです。
商品イメージをアピールしたい店舗も、直営店と違って打ち放しコンクリートとコンクリートブロックの中での宣伝活動です。きっと建物イメージがブランドイメージより強いのでしょう。2期工事分の方の1階は潰れてテナントが入っていませんでした。どっちの通りからもこの場所は奥まっていて、分かりにくいのです。
京都の町屋は奥の精神とか言いながら話題にされやすい建物ですが、現代でいうなら所詮、店舗兼住宅。商品はやはり表の間、つまり通り沿いに出すものなのです。
まさか、タイムズが京都の奥の精神を真似てあんな奥まったところに店舗を置いたなら、それは大きな勘違い。売りたいものは、やっぱり目立つようにディスプレイするのが今も昔も変わっていないのです。
そしてタイムズは、とにかく暗い。
住宅ならまだしも、ここはテナントビルです。路地風に通路を狭くしたり階段を上ったり下りたり仕掛としては面白いですが、こんなに暗くて狭いと初めてのお客は入りにくいと思いますよ。このタイムズ全館が無印良品とかだったら、繁盛すると思うんだけどなあ。
建物の写真を撮りたい方は、午前中に行きましょう。見学するなら、高瀬川沿いに桜の木が植わっているので、春がきれいです。もしくは、川を取り込んだ建築を満喫するために夏もいいかもね。